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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1055号 判決 1968年3月29日

理由

一  控訴人の本名が尾山正雄で、中村正雄という名称も用いていること、中村商店という屋号で大阪市北区梅田で繊維製品の売買を業としていることは、当事者に争いがない。

二  《証拠》によれば、控訴人は、本名が尾山正雄であるのにその妻美弥子の母の姓中村と二男寿正の名を組合せ、住所を大阪市北区梅田町、氏名を中村寿正とする名義で昭和二八年一〇月五日頃より三和銀行大阪駅前支店に当座取引口座をもち小切手、約手の振出、引受をしていたこと、控訴人が買方であつたこと、呉羽交易は昭和三一年三月一二日資本金二〇〇万円を以て設立された旨登記されているが、その実体は大西清司や久保仲与門(会社の登記に久保房之助とあるのが同人を指すものと推認される。)が代表者や役員となり、佐野豊や児島司を使用して繊維製品の取引をしていたがもともと取込詐欺を目的としていた疑いが強く、間もなく数千万円に上る負債を負い期日の来た古い手形の書替を迫られていたこと、そこで久保仲与門は佐野らとともに、控訴人が前記のように中村寿正名義で銀行取引口座のあることを知っていたので、昭和三一年九月六日の夜控訴人を訪れ、同人に融通手形を貸してくれるか中村寿正名義の前記銀行取引口座を譲つてくれ、しかも一〇〇〇万円で譲つてくれと申出たが、控訴人は、これを承諾しなかつたこと、しかし、その際控訴人は、控訴人の営業所がある大阪市北区梅田の繊維会館でも中村という店は幾らもあるのだから久保らが中村寿正という名義で銀行と取引口座を作ることは、勝手であるという趣旨のことをいつたこと、このため久保は、すぐ佐野と児島に中村寿正なる印判の作成を命じたため、佐野と児島は、当時控訴人の妻であつた美弥子に案内され、北区曾根崎中二丁目七の竹翠書院に至り美弥子が書いた版下で中村寿正の記名判を、また手形の引受等に必要な中村商店の記名判、角印丸印等を作らせ、これによつて佐野らが勝手に約一〇〇枚の手形用紙に中村商店中村寿正または中村寿正を手形の受取人で引受人とする為替手形を偽造したこと、本件で争いになつている各手形は、そのうちの一部であること、その頃久保仲与門は、佐野らを使つて三和銀行大阪駅前支店に赴かせ、自分らが中村寿正本人であつて、今まで中村正雄即ち控訴人に中村寿正の名義を使わせていたが、今後は自分で商売するから当座取引を開始してくれと申出たため、これを本当と思いかつ中村寿正が控訴人の本名でないことを知つていた前記三和銀行では中村商店中村寿正として取引することを承諾するとともに、控訴人に紛らわしいから中村寿正名義の口座は解約してくれと申出たため、控訴人は、これに応じ同年九月一九日を以て控訴人の中村寿正名義の口座は解約になつたこと、また久保の命を受けた児島は、前記美弥子より金二〇万円を借り前記のように三和銀行大阪駅前支店に新しく設けた中村商店中村寿正の口座に振込み、小切手帳を受取つたこと、かくて準備を整えた久保仲与門らは、控訴人の承諾なくして作成し、しかも恰も控訴人が真正に引受けたもののような外観をもつ本件甲一ないし一五号証の為替手形に金額その他所要の手形要件を書込み(一部は白地で)、これを自己の取引先である山一綿業に交付し、山一綿業は、またこれを取引先である被控訴人に裏書譲渡したもので、被控訴人は、これが偽造のものであるとは知らず、善意で譲受けその所持人となつたこと、その間に白地部分は補充されたこと、このように久保らは、世人が中村寿正なる人物が本件手形を引受けたと信ずるような手形を偽造したものであるが、それ以上に久保らが控訴人を指す中村寿正なる名義を用いて一般的に営業上の取引をしたという証拠はないことの各事実が認められ、以上の認定に反し控訴人が控訴人を指す中村寿正の名義を以て銀行取引をしたり、手形行為をすることを承諾したという趣旨の証言をした原審証人久保仲与門(第二回)佐野豊の証言は措信しない。

前記のように控訴人の妻で当時控訴人の営業についても種々手助けをしていたと認められる妻の美弥子が佐野らを竹翠書院に案内し版下を書いて記名判の作成に協力し、また久保らが中村寿正になりすまして中村商店中村寿正なる口座を開設するに当つて二〇万円を貸してそれに協力するなど、美弥子は久保らが中村寿正名義を以て世間を誤魔化そうとするのを幇助したことは認められるが、控訴人自らは久保らの申出を拒絶し明示的にも黙示的にもこれを許諾したと認めることはできない。従つて、控訴人がこれを許諾したのであるから佐野らが控訴人の機関となつて本件各手形を引受けたものであるという被控訴人の請求は理由がない。

次に、被控訴人は、控訴人は久保らが呉羽交易の営業のため控訴人の商号、名義を使用して商行為たる手形行為をなすことを許諾したものであるから、商法二三条によつて控訴人に責任があると主張するので判断する。本件のように中村寿正なる者が真正に手形を引受けたものと誤信して手形を受取つた善意の第三者を保護すべきであるという要請からその根拠を商法二三条の精神の類推適用に求める考えは傾聴に値するとはいえ、控訴人がその許諾を与えたものでないことは前記のとおりであり、被控訴人は、呉羽交易と直接取引した者でなく、又たとえ控訴人のいつたことが控訴人名義の使用許諾になると解されるとしても、控訴人は、久保らが営む営業に包括的に控訴人名義の使用許諾を与えたことはなく、単なる手形行為のみについての名義の使用許諾ごときは、上告審判決が判示しているように商法二三条の規制するところではないというべきであるから、商法二三条によつて控訴人に責任があるとなすことはできない。従つて、被控訴人の右主張は採用できない。

よつて、被控訴人の請求を認容した原判決の部分は、当裁判所の見解と異なるのでこれを取り消し、その請求を棄却。

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